変形性膝関節症や変形性股関節症による関節の痛みが耐え難くなったとき、最後の砦として手術をご相談します。
痛みなく再び歩けるようになることで、諦めていたことができるようになる。
痛みでふさぎ込みがちであった気持ちが晴れやかになる。つながりを取り戻す。
「再び農作業ができました」
「登山ガイドに復帰しました」
「諦めていた旅行に行くことができました」
「趣味のゴルフを楽しみます」
「まっすぐな歩き方になってご近所の方に驚かれました」
などなど、多くの皆様から喜びの声を伺います。
手術を無事に終えて、お元気に歩かれて特に女性の方は綺麗にお化粧されて私の外来にいらっしゃるので若返りの手術であると感じることさえあります。
そのような夢の手術が人工関節置換術であると信じています。
とはいえ、手術は怖いと感じるものです。
まずは手術に伴う痛みを麻酔方法、薬、手術手技の洗練化により現在できることの全てを取り入れて最小限にします。次に不安を解消できるよう説明と対話を重視します。
人工膝関節置換術は、骨切りアラインメントと靱帯バランスの2つを達成することが成功の秘訣です。
専門的であるため語られることは少ないのですが、大切なことと思うので分かりやすくお伝えします。
【アラインメント】ブレなく手術器具を使い正しく骨を切り膝を真っ直ぐにする
【靱帯バランス】膝の内側がきつくなり外側がゆるくなって不安定になってしまった膝を安定化させる
その2つが達成されることで、真っ直ぐで安定した膝に生まれ変わります。
ここに技術や経験の差が出るように思います。
私は1mm1°の精度にこだわって徹底して妥協なく手術を行います。
手術用ナビゲーションを用いた研究で自身の骨切り精度がナビゲーションに劣らないことを示すことができました。臨床研究4)6)
この経験は精度の向上に大変有用でした。
2025年
①“Medial pivot knee”の採用
膝関節は曲げ伸ばしに伴い膝の内側を基準にして外側がより大きく回旋します。この動きを“Medial pivot motion”といいます。このような膝関節が有する本来の動きを保ち再現することをコンセプトとした内側が球形となり拘束性のあるインプラント“Medial pivot knee”を採用しています。正確なインプラント設置のために適切な骨の切り方、最小限の剥離を行います。靱帯バランスは必ず内側≦外側、伸展≦屈曲としてコンセプトと衝突しないようにします。
②骨との親和性を求めて
これまで骨とインプラントの間にセメントと呼ばれる充填材を使用していました。最近は骨との親和性を求めてセメントを使用しないセメントレスインプラントを使用しています。
③筋肉を守り切らない手術=真の低侵襲を追求する
膝関節に進入するためには膝前面の筋肉や関節包を切開する必要があります。そしてそれら切開した組織は元に戻す確実な修復が理想です。
従来は内側広筋に小切開を行うアプローチ“Mid-vastus approach”を行っていましたが、数年前より徐々に内側広筋を切らずに膝関節に到達するアプローチ“Subvastus approach”を導入しました。
部分(単顆)置換術 UKA : uni- knee arthroplasty
変形性膝関節症は、進行すると膝関節の全体に障害が及びます。関節の軟骨は広い範囲で摩耗し、靭帯もダメージを受けます。そのため8割ほどが全置換術(TKA)の適応となります。
しかし、なかには靭帯機能が保たれていて、障害が内側の関節軟骨の狭い部分だけに限局することもあります。
このような場合、健康な中央から外側部分は温存し、障害が生じた部分だけをインプラントに置き換える治療方法があります。これを単顆型人工膝関節置換術(UKA)といいます。
UKAの特徴は、手術の傷が小さく骨を削る量も少ないため、全置換術と比較して手術にともなう苦痛を抑えることができます。TKAの半分の侵襲とも言われます。関節の広い範囲を健康なまま残すことができるため、動きが自然でよく曲がる膝が期待できます。
一般的には2割ほどの適応と言われますが、適応を精査し守りながら、しかし機会損失にならずにUKAの良さをお届けできるように、大切な治療選択肢のひとつとしています。
UKAは大腿骨側が球形でありインサートが動くタイプ(モバイルベアリング)=Oxford UKAを採用しています。
人工股関節置換術は、大きく分けると、前方アプローチと後方アプローチの2種類があります。
前(お腹側)から手術するか、後ろ(背中側)から手術するかの違いです。
後方アプローチは、脱臼に深く関係のある筋肉を大きく切って手術します。
手術の視野が良くなるため、誰でも安心・確実・容易に手術を行える利点があり、私もこの手技を習得する事からスタートしました。
しかしながら、一度切ってしまった筋肉は再接着することはなく、脱臼リスクが高いことや脱臼注意動作と一生付き合っていかなくてはならないことが問題点でした。
いかに筋肉や腱を切らずに体に優しい手術を行うかが大切であると考えるに至りました。
そこで後方アプローチにおいて筋肉を切らずに手術ができないか追求しましたが、その限界も明らかになりました。臨床研究3)5)7)
時を同じくして手術手技が進化して前方アプローチの割合が徐々に増え始め、私も2施設の手術研修を経て2019年から前方アプローチを開始しました。
前方アプローチは、筋肉や腱を切らずに手術をします。これを筋腱完全温存と呼びます。
私が行うのは上向きに寝て行う【仰臥位前外側アプローチ(ALS Anterolateral supine approach)】です。
その長所は
・筋腱完全温存 =脱臼しにくく回復が早い
・人工関節部品の設置精度が高い =長持ちする
→術後5日で退院できる
手術後の動作制限がない 将来に渡って脱臼の不安が少ない
手術の難しさは上がりますが術後の生活に制限が少ないことは、代え難い利点と考えています。
また、左右とも悪いときには仰臥位を生かして両側同時手術も可能です。
2025年 ALS(仰臥位前外側アプローチ)の進化
筋腱完全温存のみならず、関節包靭帯の温存を目指す
股関節に進入するためには前面の筋肉を分けて関節包を切開する必要があります。
股関節を包んでいる関節包には3つの関節包靭帯があります。繋いでいる骨と骨の名前をとって腸骨大腿靱帯、坐骨大腿靭帯、恥骨大腿靭帯と呼びます。
①腸骨大腿靱帯の垂直束と恥骨大腿靭帯を温存する
②腸骨大腿靱帯の水平束をT字切開してのちに縫合修復する
③坐骨大腿靭帯は付着部を原則切離するが、できる限り温存を目指す
関節包靱帯温存の意義は?
意義はないという意見もありますが、私は緊張の維持、過度の脚延長防止、死腔を埋める事で血腫防止、感染バリヤ機能などに意義はあると考えます。
術後の皮膚写真(匿名化のうえ許可を得て掲載)
大腿の前側面に8cmの皮膚切開を行いました。
横皮切 : TI transvers incision
皮膚のしわに添うため目立たず、ひきつれず、肥厚性瘢痕(みみず腫れの様な傷のこと)になりにくい利点があります。
皮膚は埋没縫合 特別な糸で皮膚の下を縫い閉じるため抜糸の痛みはありません。
手術成績と合併症 : 手術で起こりうる不利益
手術では一定確率で避けることのできない不利益を生じます。これを合併症と言います。私の経験に基づき代表的なものを記載します。
①感染 手術した所に細菌が入って繁殖すると熱が出たり、創部が赤く腫れたりします。細菌が金属に付着すると簡単には取れないため再手術を要します。
日本整形外科学会学術研究プロジェクト調査2004年では、人工関節手術における感染率は1.4%と報告されました。私の過去10年での感染は全人工関節手術で5例(0.5%)、内訳TKA5例、THA0例でした。3例は切開・洗浄手術で治癒しましたが、2例は治癒せず部品を抜去せざるを得ませんでした。
②血栓 肺塞栓 1例
足を動かさない状態が続くと下肢の深部静脈に血栓(血の塊)ができやすく、大きな血栓が静脈に入ると肺にまで到達し、肺の血管をふさいでしまう肺塞栓症という命にかかわる重篤な症状が出ることもあります。発症率0.1%と言われます。
③脱臼 人工関節の可動域を超えた動きが強制されると人工股関節が外れます。強い痛みで歩けなくなってしまうため麻酔を行い元の位置に治します。
初回THA310例において 後方アプローチで5例(5/200=2.5%)、筋腱温存後方アプローチで0例(0/50)、前方アプローチALSで1例(1/60=1.6%)
④部品のゆるみ 1例
手術後8年が経過して人工膝関節大腿骨部品の無菌性ゆるみを認めました。ポリエチレンインサートの摩耗が原因で再置換手術を行いました。
人工関節部品や手術技術が進歩して耐用年数は20年以上と言われますが、不具合を起こした際には部品を入れ替える再手術(再置換術)が必要となる可能性があります。
【対策】
①感染 ②血栓
手術前後の予防策を徹底するとともに、長時間手術の悪影響が知られていますので、1分1秒でも短い手術を目指します。現在使用可能な予防薬を投与します。
- 流れるように 戻らず止まらずに 落ち着いて
決して急がないけれども結果早い -
③脱臼 ④部品のゆるみ
筋腱完全温存と確実な部品設置 初回手術は一度きりです。
やれることはすべて妥協なく行い完璧に作り上げることを肝に銘じます。
④部品のゆるみ
骨折予防や骨粗鬆症治療が大切です。
このようなことを包み隠さず伝えてくれるドクターは信頼できると思います。
担当の医師とよく相談されることをお勧めします。
おわりに
最後までご覧いただきありがとうございました。
痛みに悩まれて不安なお気持ちからこのページに辿り着かれたことと思います。
お力になれましたら幸いです。
不明点、ご質問等ございましたら下の合わせフォームよりどうぞお気軽にお問い合わせください。
人工関節専門ドクター 小林貴幸